各クリニック代表 診療への想い

明正会葛西クリニック

院長・医師
山田 祐(やまだ ゆう)

その人らしく過ごせる日常を、
地域のチームと支えていきたい

どれほど医学が発展しても、その技術を一人ひとりの患者さんに届け、“温かみのある医療”としていくうえで現場の医療者の存在は欠かせません。そして、その医療者の想いを知ることは私たち患者や家族にとっても“安心の医療”へとつながります。葛西クリニック院長の山田 祐医師の診療への想い、この機会にぜひ知ってください。

培ってきた知識や技術が生かせると在宅の世界へ

葛西クリニック院長の山田祐医師が在宅医療の世界に足を踏み入れたのは4年前のことです。当初は非常勤医師として在宅医療の現場で働き始めましたが、患者さんの自宅に出向いて訪問診療をすると「こんな体の状態と家庭の状況で、本当に在宅医療ができるのか」と驚かされることも少なくなかったそうです。しかし、続けて訪問するうちに「病院でやれることは、在宅でもほぼできる」という自信に変わっていったといいます。

山田医師は、医学部を卒業後、九州大学心療内科に入局。一般内科、血液内科、精神腫瘍科*¹でトレーニングを積んだのち、大学病院やがん専門病院で緩和ケア*²チームの医師として働いてきました。こうした豊富な臨床経験が山田医師の訪問診療を助けてくれたのです。

やがて山田医師は、病院よりも診療の自由度が高い在宅医療のほうが、これまで培ってきた知識や技術を生かし、自分が理想とする医療を追求できるのではないかと大きな魅力を感じるようになり、本格的に在宅医療に取り組むことを決めました。

*1…精神腫瘍科では、がん治療のすべての時期において患者さんとその家族に対して心のケアを提供し、つらさを和らげるためのサポートを行うことを目的としている。
*2…緩和ケアとは、がん患者さんの身体的・精神的な苦痛を和らげるために行われるケアで、近年はがんと診断されたときから始まる。医師だけでなく、看護師、薬剤師、理学療法士、管理栄養士、ソーシャルワーカー、臨床心理士など多職種チームによって提供される。

生活全体の中で病態を判断し治療をマネジメント

葛西クリニックは在宅医療に特化した診療所で、東京・江戸川区南部を中心に訪問診療を行っています。患者さんの大半は高齢者で、その多くは脳卒中、心不全などの慢性疾患を患っており、認知症を併存する人も少なくありません。高齢者以外では、がんの終末期、脊髄損傷、脳性麻痺などの患者さんにも積極的に対応しています。明正会グループのサテライトクリニックなので、常勤医は山田医師1人ですが、グループ内のサポートは手厚く、安定した訪問診療を提供できるといいます。

「週1回、当グループの基幹施設である錦糸町クリニックで当直を担当しており、その際に応援に来てくれる医師と葛西クリニックの患者さんの診療情報を交換したり、治療方針について話し合ったりしています。また、それぞれの医師には得意分野があるので、困ったことがあればコンサルテーションし合える恵まれた診療環境もあります。これは単独の在宅クリニックにはない当院の大きな強みで、“病院でやれることはほぼできる”という自信をますます深めています」

心のケアを専門的に学んできた山田医師ですが、訪問診療を提供するにあたり、まず身体的苦痛を取り除くことに注力します。「心と体の両面の苦痛に対応することは医療の基本であるものの、体が楽にならなければ精神的安定は得られないからです」

一方、在宅医療を受けている患者さんは複数の症状や合併症を抱えていることが多いため、教科書どおりの定石では対応しきれないこともよくあります。また、介護力などの問題から医学的にベストだと考えられる治療法を行えないこともあり、その患者さんにとって最良の方法を決めるのはとても難しいことだと山田医師はいいます。

「どのような場合でも患者さんが望んでいることを優先しますが、想定外のことも起こり得るため、そのことを含め、介護している家族にも納得してもらえるよう十分に話し合うことが欠かせません。つまり、その人を取り巻く生活環境全体の中で病態を判断し、治療をマネジメントしていくことが重要なのです。そして、このような視点を持つことが患者さんの心の苦しみやつらさをどうサポートしていくのかというヒントにもつながります」

理想を押しつけず、患者さんや家族の思いを汲み取る

さらに、山田医師は多職種チーム(訪問看護師、薬局薬剤師、ケアマネジャー、ホームヘルパーなど)で患者さんや家族をサポートすることも重視しています。「在宅医療の現場でも医師一人でやれることには限界があり、チームで取り組むからこそ、病院とほぼ同じような医療が提供できるのです」。たとえば、医療用麻薬の持続皮下注射を取り扱う薬局と連携し、がんの痛みを和らげることも患者さんの自宅で行えています。

また、“在宅”という限定された条件の中、患者さんの生活環境に配慮しながら最良の方法を決断し、よりよい結果を出していくうえで多職種チームの力は不可欠です。山田医師は、ある問題を解決する際、そのことに関して患者・家族の状況を最もよく知る職種がチームを率いていくのが望ましく、医師がいつもリーダーでなくてもよいと考えています。

「同じ組織でなければ迅速に対応できないということも決してありません。職種ごとに得意分野があり、それぞれの持ち味を生かした在宅医療が行えるよう所属する組織が違っても日頃から連絡を取り合い、緊密なコミュニケーションをとることを心がけています」

患者さんは入院することによって日常から切り離されてしまうため、生活の中に医療が入っていくことは、最後までその人らしさを失わずに暮らすうえで大きなメリットがあると山田医師は評価します。それゆえに必要以上に医療がウエイトを占めないように気をつけているそうです。そして、患者さんがいつもと変わらぬ日常を送れるよう後ろからそっと支えるのが自分たちの役目だと思い定めています。

「それは看取りにおいても同じです。多くの家族にとって“人の死”は初めて経験することなので、とっさに救急車を呼んでもいいと思うのです。私たち医療者の理想を押しつけず、家族の思いを汲み取って臨機応変にサポートすることを大事にしています」
山田医師は、さまざまな思いや事情を抱えながら在宅医療を選択する患者さんや家族を温かく迎え入れ、地域のチームとともに支え続けます。

(取材日:2021年5月19日)